・第二章の六へ五/九 用事を済ませたらしい山崎は斎藤が完全復活したのを独断で決め付け、もう大丈夫そうですね、と一人頷いた。
「どうやら、今回は大した収穫は無さそうです。京へ戻りましょう。今からここを出れば、夜半には屯所に着く」
この山崎の提案に、斎藤が反応する前に、
「そんなんあかん!これから上方案内するて、斎藤はんと約束したとこなんやから!」
横から響の猛反発をくらい、面食らった山崎は再び斎藤の方を見た。斎藤は、いや、俺は知らんと首を横に振る。
「響、我々は…」
「我儘なんは分かってる、けど、蒸はんにかて、たまたま今日は会えたけど、次に何時会えるかなんて分からんのやろ?なあ、この通り、そんなすぐ帰るなんて言わんといて」
流石の山崎も、こう殊勝に手を合わせられては、強行突破するというわけにもいかないらしい。
仕方ない、と折れた山崎の袖を、響は一転、嬉々と童子のような仕草で引っ張る。
「ほんま?ほな早速、出かけよ」
「待て、お前、その出で立ちで往来を歩くつもりか?」
「?あかん?」
「せめて髷くらい結いなさい。面倒なら俺が結ってやる」
「嫌やわ、あんなん重いし痛いし」
ならば血の付いた着物くらいは着替えろ、と諭し、ごねる響を一旦、自室に引き取らせる。
そんなやりとりの一部始終を傍で眺めていた斎藤は、ふとそれが、屯所での山崎と沖田のやりとりに、何処かしら似通っていることに気付いた。無論、身内でない沖田に対しての方が、扱いは丁重だが。
「…」
沖田を実弟のように可愛がっている土方に同調しているだけなのかと思っていたが、どうもそうではないらしい。
渋々駆け去る響の背を見送りながら、
「…出来のいい従妹殿をお持ちで」
斎藤は素直な感想を述べた。
「出来が良過ぎてね、貰い手が付かない」
困ったものです、とでも言いた気に、浅く息を付く。
「腕もなかなかのものだ。一本取られましたよ」
斎藤は頭部を擦りながら失笑してみせるが、山崎の氷点下の一瞥に遭い、慌てて口元の緩みを正す。
「あー、…女医さんですか、彼女」
「まだ卵です。このまま先生の下で数年、修行を積めば、よい医者になるでしょうが」
少々、飽きっぽいのが難点でしてね、集中力はあるのですが、一所にじっとしておれない。
まるで不肖の娘の行く末を案ずる、父親の様相の山崎に、ふと、あんた自身はどうなのかと尋ねてみたい気もしたが、それでは響の思うツボのような気がして、斎藤は言葉を飲み込んだ。