Nameless Birds
第二章   -Smoke Gets In Your Eyes-

第二章の五
第二章の三
作品



四/九

「蒸はん、奥で父はんと何やら話し込んでるみたいやわ」
「…あんた、ここの娘さんか」
「そや。響(ひびき)いいます。よろしゅうな、斎藤はん」
「こちらこそ」
  …とすると、山崎の従妹か。
  まあ、顔は似てなくもないか。顔はな。
「あんた、新選組の人やってなあ」
  新選組言うたら、泣く子も黙る人斬り集団やと、もっぱらの噂やけどなあ、と、さも可笑しそうに笑う。
「あんなんで青なるようじゃあ、人斬りなんか向いてないで。やめときやめとき。大方、祐筆か何かやろ、自分?」
「…ばれたか」
  斎藤は神妙に茶を啜りながら、つい何時もの癖で相手に調子を合わせた。
「やっぱなあ、そんな感じやわ。ならもしかして、まだ人なんか斬ったことないのと違う?どや、図星やろ?」
と、身を乗り出して尋ねてくる響に対し、
「…どうもね、性に合わんらしい。あんたの言う通り、向いてないのかもしれんなあ」
  この場に沖田がいれば、さぞかし腹を抱えて笑い転げるであろう台詞を、いけしゃあしゃあと言ってのける。
  そやろなあ、と響はしきりに納得し、翻って今度は斎藤の不甲斐なさを掬い上げ始めた。
「まあ、それって悪いことやないで。平気で人殺せるようになったら、人間終いや、畜生と変わらんて。上辺を義とか忠心とかで飾りたくる、達者な口が付いとる分、畜生より始末が悪いわ」
「…」
「自分、あんまし侍臭くないし、ええ人みたいやから、安心やけどな。悪いこと言わん、地獄落ちる前に早よ足洗い。蒸はんにしてもそうやわ。何トチ狂ったんか、実家飛び出して京へ上ってしもて…。なあ、あんたからも言ったって。新選組なんか、とっとと見切り付けて、こっち戻ってきい、て。実家継いではる兄はんと折り合い悪いんやったら、うちに来ればええんや。蒸はんやったら、直ぐにでも医者としてやってけるし、父はんも喜びはるわ」
「…お嬢さんは二本差しが好かんか」
  頭上の手拭をひっくり返しながら、斎藤は何気に言葉を挟んだ。
「当然やろ。侍はえばりくさるだけで、何も生み出さんし作り出さん、人も町も壊していくだけや。首とって勝ち鬨上げる時代はとうに過ぎたのに、それに気付かんと、阿呆な人種やで、ほんま」
「…」
  毒舌の家系か、ここは。
「でも剣術は嗜まれる、と…」
「これは父はんを守る為や。蘭方医が毛唐の回し者やて思てる連中、未だに仰山いてるからな」
「…」
「それより、なあ、うちは本気やで」
  手拭が斎藤の頭から滑り落ちるのも構わず、響は乱暴に彼の襟元を掴むと、無理矢理自分の方を向かせた。眼に揺るぎない光を湛え、まるで斎藤に挑むような口調で言い切る。
「あの人は京なんかで犬死してええような人やない、もっと大儀のために命使うべきや。新選組入ったんかて、武士(もののふ)の幻に取り憑かれてるだけやわ。大体、うちや山崎の兄はんらの中で、いっちゃん医術の才に恵まれてんの、あの人なんやで。長崎遊学の話も、最初は蒸はんに来とったのが、うちに回ってきただけなんやから…本家の方からも期待されとったし、まあ兄はんらはそれが面白のうて、蒸はん、昔から風当たり強いみたいやったけど」
「へえ…」
「なあ、頼むわ、蒸はんを説得してくれへんやろか。自分、蒸はんの連れやろ」
「いや、そういう間柄では…」
「蒸はんがうちに人連れて来たのなんか、初めてやもん。斎藤はんの言うことやったら聞くかもしれんわ。あの人、誰の言うことにも聞く耳持たへんから」
  そないに頑なに、何を拒んでんのやろか、うちらにはさっぱり分からんわ。
「…それじゃあ、俺の言うことも聞かんでしょうな」
「!?そんな…」
  ほれ、山崎さんが戻って来ましたよ、と斎藤は響の腕を退かすと立ち上がった。

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