・第二章の一へ七/七 あの細やかな酒宴の夜以来、山崎とは一言も口を利いていない為、彼が何処まで阿片流出の実体を掴んでいるのか定かでない。例えばの話、薬種の仕入れ元を叩いて埃が出なかった場合、阿片(正確には阿片が混入された合薬)は山崎の荷に直接紛れ込んだと見るのが妥当だろう。或いは(山崎に白羽の矢が立ったのが)故意にしろ偶然にしろ、何者かが何らかの目的があって混入した。都に阿片を蔓延させ、世情の混乱を招くのが狙いの、倒幕派の陰謀かもしれない。個人的に山崎本人に恨みを持つ者の仕業ということも考えられる。或いは…と、確固たる礎が無いだけに、如何様にも脚色が可能である。
だが、いくら仮説の上に仮説を積み上げたところで、不毛さが増すだけだ。結局、斎藤が取った行動は、密かに非番のスケジュールを山崎に合わせて調整し、次の上方行きに同行することだった。
そうして出立の夜。
五条大橋の下、荷船が岸を離れる直前に忙しく乗り込んで来た武士を斎藤と認めるや、山崎にしては珍しく、驚きを露に声を上げることになる。
「!?斎藤君っ!?」
「お供しますよ、山崎さん」
「…」
「乗り掛かった船です」
あ、これは洒落じゃないですから、と付け加え、斉藤は山崎の傍らに腰を下ろした。
「…私と心中することになっても責任は持てませんよ」
「お初と徳兵衛のようにですか?」
望むところです、と不敵な笑みを浮かべて見せる斎藤に対し、
「君が相手ではね、浄瑠璃どころか、滑稽本のタネにもならない」
山崎は諦めたように肩を竦める。
渡し船に毛が生えた程度の、十石程の小さな和船の上は、三分の二を筵で覆われた積み荷が占めており、客は山崎と斎藤だけである。二人も単なる荷と見なしてか、船先に立つ船頭は二人に声を掛けるでもなく、黙々と竿を操っている。
宵闇の中、船板に水の跳ねる音を何とはなしに聞きながら、斎藤は言った。
「どうもね、働き過ぎじゃないですかね。そのうち過労死しちまいますよ。隊じゃあ労災も下りませんぜ」
「ああ」
どうでもいいと言うように、山崎は軽く受け流す。山崎の視線の先、黒い水面には月が形を留めず揺らいでいる。
暫くの間があってから、山崎はふと洩らした。
君は何人の人間を斬ったか、と。
「…」
洛中で鬼と謳われる君や沖田君や、その他の隊士達と比べ、隊務の殆どを市中探索や内部監査に費やしている我々監察は、直接手を血で染めることは少ないだろう。だが本当の鬼とは、我々、否、自分のような者のことを指すのだ。敵味方問わず、毛ほどでも謀叛気のある者は容赦なく処断する。何時の間にか、生や死が、どんなものであったのかさえ、忘れてしまっている。
だから、そんな自分が過労死なんて生易しい最期を迎えられる筈がない、と。
「…」
斎藤は何も言わず、只、聞いている。
そうして、山崎は闇に寄り掛かるように、眼を閉じた。
続