・第一章の七へ六/七 その夜を境に、前述通り、斎藤は山崎の行動を、何とはなく眼の端で追うようになった。と言っても時折、廊下で擦れ違ったり、副長室に出入りする姿を見掛ける程度だが。その都度、冴えない顔色が気に懸かった。
そうして二週間が過ぎた頃。隊士の間で妙な噂が立ち始めた。
山崎に女ができたというのである。
彼とて男なのだから、女がいて何の不思議もないが、四角四面の朴念仁で、ある意味、土方以上に冷血漢だと評される男の色事となると、自然、話題性も高まるのだろう。何でも相手は上方の水茶屋の女であり、非番の度に三十石船で通い詰めているという話だ。
『京の櫛やら紅やらを買っては貢いでいるらしいじゃないか。実際、店に入るのを見た隊士もいるらしい』
『わざわざ御苦労なことだ。女など幾らでも手近なところで間に合わせられように』
『何、普段遊び慣れていない男が一旦、色にはまると抜けられなくなる。見ろ、あの顔色。そのうち身を滅ぼしかねんぞ』
と、以上が噂の大筋である。実際、山崎の身体を心配して忠告した者も中にはいたらしいが、当の本人は肯定するでもなく否定するでもなく、只、苦笑してみせただけであったという。傍目にそれと判るほど憔悴していくものの、隊務の面では僅かの手落ちも見られず、それが却って、山崎監察に対する隊士達の畏怖を一層募らせた。
「あの山崎さんに好いヒトができたなんて、喜ばしいことだとは思いますけどね。いっそのこと、京へ連れて来てしまえばいいのに」
さて、仮初めの事情通となった沖田といえば、見舞いに訪れた斎藤に病床で仕入れた情報を披露し、こう感想を述べた。
「まあ、山崎さんにも色々と事情があるんだろうよ」
沖田に対し、やんわり応じる斎藤だが、十中八九、噂は山崎の狂言であると考えていた。架空の女の存在も装飾品の購入も全て、薬種を仕入れていた上方へ調査に赴く為のカモフラージュに過ぎないのだろう。普段は鋭い沖田の嗅覚も、病には勝てないらしい。
それにしても、と沖田は続けた。
「その相手の方は、幸せですねえ」
「?」
「あの山崎さんのことですからね。さぞかし大事にされると思いますよ」
「そういうもんかね」
俺には、あんたが一番大事にされてるように見えるけどね、と斎藤は口に出さず呟いた。