五/五 三幕。
「ちぇっ、しょうがねえなあ、手酌酒がそんなに寂しいってんなら、ま、付き合ってやるか」
「未だ何にも言ってないがね」
退出した山崎の後釜に、ちゃっかり座する永倉に苦笑しつつ、斎藤は諸白を振舞う。
「ん…何だこりゃ。全然味がしねえ、水で薄めてんのか?」
「…あんたには別の意味で、飲ませ甲斐がないな」
酒の種類も変えなきゃなるまいか、と斎藤、早速濁酒に切り替える。
夜も更けてきたというのに、こいつはなかなか、店仕舞いさせちゃくれんな。
「そうそう、俺はこっちの方がいいね」
白濁した液体に舌鼓を打つ永倉。
真正面から物事を捉え、直球勝負でしか挑めない永倉の気質は、隠し球専門の山崎とはまるで違い、酒の嗜み方にもよく表れている。
楽しむ酒。この一言に尽きる。
そのせいだろう。永倉が室内に運び込んだ冬の冷気が、だんだんと温もるのに相俟って、行灯の光までがほの明るさを増していくように感じる。眼前の相手が挿げ替えられただけで、場の空気がここまで変わるというのも、妙に滑稽だ。
「…しっかし、この空瓶子の山、これ全部二人で捌いたのかよ?てめえら化け物か」
片膝を付き、呆れ返る永倉の感覚の方が、人並みなのは言うまでもない。
「しかも、おめえも山崎さんも、全然素面じゃねえかよ」
「そうか?」
「おうよ」
そう言う永倉の頬には、既に赤味が差し始めている。
永倉の杯に酒を注ぎつつ、斎藤は言った。
「それより、よくここに山崎さんがいると、見当が付いたな」
「お前等、たまーに思い出したように、つるんでんじゃねえか」
「そうかねえ」
「俺なんかは未だにあの人、苦手だがな。何かこう、昔のおめえみてえに、何処まで行っても腹ん底、割らしちゃくれねえってかよ。おめえ、よっぽど気に入られてんだな」
「そりゃ逆さ」
「逆?」
「どっちかってえと、嫌われてるか。ま、そこまで極端じゃないにしても、気に入られちゃあいまいよ」
いかにも愉快そうに応じる斎藤を、永倉は訳が分からんと見詰める。
「何だそりゃ…そりゃあれか?優しく尽くす女より、つれなく袖にする悪女の方に魅かれちまうってことか?」
「違う違う、全然違う」
斎藤は首を横に振った。
「お互い、最後の最後、いざ土壇場って時でも、平気で裏切れる自信があるから、ああやってつるんでいられるのさ」
「?」
「あの人にとっては、気に食わねえ、信頼できねえ相手と居る事の方が、まだしも楽なんだよ」
「?ますます分からん」
「分からなくていいよ、あんたは」
ま、そういう付き合い方もあるってことだな。
ふーん、と暫く考え込む永倉に、
「どした?」
「…いやさな、可哀相じゃあるなと思ってな」
「ま、ああはなりたくないもんだな」
すると、暫し斎藤を眺め、分かってねえな、と今度は永倉が呆れたように首を振る。
「ばーかっ、てめえのコトだよ」
終